書籍抜粋記事:等温滴定型カロリメーター(ITC)を用いた分子間相互作用の熱量評価

実験医学別冊「創薬研究のための相互作用解析パーフェクト」(生命科学と医学の専門出版社 羊土社刊)第1章 創薬における相互作用解析のスタンダード – Ⅰ 低中分子創薬 – 5 (長門石曉,津本浩平著)に掲載されたITC関連の記事をご紹介します。本記事は、羊土社様の許可を得て掲載しています。

等温滴定型カロリメーター(ITC)を用いた分子間相互作用の熱量評価

長門石曉,津本浩平

実験の目的とポイント

等温滴定型カロリメーター(ITC)は分子間相互作用における熱量変化を検出する装置である .分子間相互作用における熱量変化から,その結合に関する非共有結合の熱力学的な質を直接的に知ることができるため,例えばスクリーニングにより選抜されたシードおよびヒット化合物の結合様式や特異性に関する情報を得ることが可能である.さらに構造最適化においては,設計戦略の通りに相互作用が起きているのかどうかを熱力学的パラメーターから精密に解析ができる.構造情報を組み合わせることによって,設計指針を精査するとともに,次の設計戦略にもつなげることができる.

はじめに

低分子医薬品開発における低分子のタンパク質結合は,その特異的な相互作用様式が鍵である.そのため,探索,バリデーション,最適化のあらゆるステップで,その特異的な知見を得ることが重要となる.分子間の非共有結合形成,タンパク質の立体構造やコンフォメーション変化,そして水溶液中であるがゆえの水和状態変化,これらはすべて発熱および吸熱反応の要因となる.したがって標的分子の相互作用解析において,熱測定は重要な指標を与える.等温滴定型カロリメーター(isothermal titration calorimeter:ITC)は,その検出したい相互作用の熱量変化を観察することができる唯一の解析手法であり,精度の高い熱力学的解析が可能である.ITC の基本的な使い方については第1 章-13 を参照いただきたい.

最適化:バリデーションにより標的タンパク質に対する特異性が見込まれたことにより,ヒット確定となる.このヒット化合物から,骨格の伸長,および官能基を付加/ 改良することで,結合親和性ならびに機能活性を向上させる.これらの構造展開を最適化とよぶ.

低分子医薬品の最適化において,熱力学的知見の有用性に関する重要なレトロスペクティブな研究例を紹介する.エイズ治療薬であるHIV プロテアーゼ阻害剤の標的タンパク質に対する熱力学的パラメーターを図1A にまとめる1,2).この図では,初期(1996 年)に承認されたIDV から10 年の間に開発された各阻害剤を承認された順に並べている.新しい阻害剤が承認されるにしたがって標的タンパク質との結合親和性が高い(ΔGが負に大きい)傾向にある.注目すべきは,その熱力学的プロファイルである(図1B).

図1  各HIV プロテアーゼ阻害剤の熱力学パラメーターおよびプロファイル
A)各HIV プロテアーゼ阻害剤の熱力学パラメーター.B)各HIV プロテアーゼ阻害剤のΔH−ΔS 相関関係プロット.
IDV:インジナビル,SQV:サキナビル,NFV:ネルフィナビル,RTV:リトナビル,APV:アンプレナビル,LPV:
ロピナビル,ATV:アタザナビル,TPV:テラプレビル,DRV:ダルナビル.文献1,2 をもとに作成.

初期の薬剤(IDVなど)は,結合エンタルピー(ΔH)が不利で結合エントロピー(ΔS)が有利なエントロピー駆動型であった.ところが薬剤が最適化されるにつれて,エントロピー駆動型からエンタルピー駆動型へと熱力学的パラメーターのバランスが変化している(図1B).初期の阻害剤ではエントロピーの寄与が大きいのに対し,新しく承認された阻害剤はエンタルピー寄与によるところが大きい.さらにこれらの阻害剤にはΔH-ΔS補償の相関関係があることも見てとれる.このような傾向は高コレステロール血症治療薬スタチン,骨粗鬆症の治療薬ビスフォスフォネート製剤などにおいてもみられている3,4).以上の結果は,標的タンパク質との高い特異性,すなわちエンタルピー駆動とエントロピー駆動の両面の貢献が薬剤の最適化において重要な因子であることを示唆している.このように薬効を上げていくうえでの構造最適化,改良において,官能基がどのような熱力学的貢献を果たしているかを読み解くことは,分子標的薬の質を知るうえで非常に有用な知見となる.どの官能基がエンタルピーに貢献し,どの官能基がエントロピーに貢献するのか,に関して一般性を導くことは容易ではないが,熱力学的パラメーターを検証し,薬剤を合理的に設計することは,標的タンパク質に対する低分子設計の特異性創出のために重要な情報を与えると考えられる.

準備

基本な調製方法は第1 章-13 を参照.化合物を用いる際は,DMSO を含むことが多いため,濃度のブレが起きないよう細心の注意を払って調製する.

プロトコール

基本操作および実験手順は第1 章-13 を参照.基本的には,セル側にタンパク質,シリンジ側に化合物をセットすることをおすすめする.

トラブルへの対応

DMSO による熱量変化に注意する
化合物を用いる場合,DMSO を含んだアッセイ系となることが多いため,想定を超えた大きな反応熱,または希釈熱が観察されることがしばしばある.SPR と同様にITC においてもDMSO は相互作用に関する反応熱に影響を及ぼす.セル側のサンプル調製とシリンジ側のサンプル調製は別々に実施するため,DMSO 濃度がずれないよう細心の注意を払う.わずかなDMSO 濃度の誤差が,希釈熱として観察され,検出したい相互作用熱が見えなくなる場合がある.必ず化合物のみの希釈熱測定を行い,DMSO 由来の熱量変化が限りなく最小になるようサンプル調製を行うことが重要である.

実験例1: ITC 測定を活用した競合アッセイ法による探索5)

創薬ターゲットとなるタンパク質に特異的に結合する低分子化合物を見出すうえで,タンパク質表面の網羅的なケミカルスペースの探索は,効率的かつ有効なスクリーニング手法である.そこで注目されているのが,一般的な化合物ライブラリーの平均分子量より小さい,300 Da 以下のフラグメントライブラリーによる創薬戦略である.しかしながら,フラグメント化合物は比較的シンプルな化学構造をしているため,タンパク質に対する結合親和性は低く解離定数は数mM となることもある.このため,高感度でかつ物理化学的な解析アプローチが可能なITC が有効な評価法に位置づけられている.前述のHIV プロテアーゼ阻害剤の例のように,特異的結合においては有意な発熱反応とその反応収束が観察されることが多い.このようなプロファイルを示す場合,水素結合形成が期待される.一方,非特異的相互作用の場合は反応熱が収束せず,また疎水的な相互作用の場合は吸熱反応が観察される.以上の理由から,ヒットしてきた化合物群のなかで,発熱反応を示す化合物を有力な候補として選別する戦略が望ましい.標的タンパク質において結合サイトが明確に決まっており,またその結合サイトに対して結合する基質や低分子リガンドなどが知られている場合,競合アッセイは有効な戦略である.この際ITC を用いて競合アッセイを行うことにより,結合サイト特異的,かつ発熱反応を示すヒット化合物を選抜することができる(図2).以下に筆者らが実践した具体例について解説する.

図2  ITC の競合アッセイによるヒットバリデーション
A)ヒットバリデーションの概念図.B)KSI に対するヒット化合物のITC プロファイル.文献5 をもとに作成.

1. 標的タンパク質

ケトステロイド異性化酵素(KSI)および3- オキソ- Δ5 ケトステロイドイソメラーゼ(3-オキソ- Δ5 ケトステロイドをホルモン活性のある共役異性体に異性化することを触媒する酵素)を標的とした.

2. 低分子探索

KSI に対してフラグメントライブラリーからSPR スクリーニングにより化合物を選抜した.

3. ITC 競合アッセイ(SITE)

スクリーニングより得られたヒット候補化合物に対して,ITC による競合アッセイにて効率的なヒットバリデーションを行った.この解析技術は,標的タンパク質とスクリーニングから得られた化合物を共存させて,その溶液系に対して既知のリガンド分子を滴下する手法である(図2A).フラグメント化合物がKSI の目的の結合サイトにおいて相互作用している場合,より結合親和性の高い既知のリガンド(deoxycholate:DOC)をポジティブコントロール化合物として加え,フラグメント化合物を追い出すことで結合サイトにて安定化する.フラグメント化合物が発熱反応を伴う相互作用をしている場合,DOC の結合に伴うフラグメント化合物の解離は吸熱反応としてあらわれる.

さらにスループット性を上げるために,この熱量変化における競合アッセイを1 回の滴下にて評価できる,SITE 法(single-injection thermal extinction)を考案した.このSITE 法を用いてKSI に対するフラグメント化合物結合のヒットバリデーションを行った.その結果,KSI の基質DOC と競合し,かつ有意な発熱反応を示すエンタルピー駆動型のヒット化合物を取得することができた(図2B).さらに細胞内シグナル伝達経路の1 つである,MAPKカスケードにかかわるキナーゼタンパク質ERK2 についても,同様にフラグメントスクリーニングからの化合物取得に成功している.

このように,ITC は薬剤の最適化にとどまらず,探索の段階においても熱量評価が威力を発揮することがわかる.一般に発熱反応は,非共有結合において特異性を創出すると考えられる水素結合を含む場合が多い.しかし水素結合をラショナルに設計することは比較的難しいとされている.そのようななか,薬剤設計の初期段階において,水素結合形成を有する低分子化合物を見出し,それから合成展開することは,質の高いリード化合物に導く有用な手法となりうる.

実験例2:低分子の最適化におけるITC 解析6)

1. 標的タンパク質

パーキンソン病やがんに深く関与していることで注目されているタンパク質DJ-1(図3A)を標的とした.DJ-1 はグリオキサール活性などを示す酵素として知られているが,これらの酵素活性と疾患との関連性はいまだ不明瞭な点が多い.そこで本研究では,DJ-1 に対する阻害活性を示す化合物を取得することにより,これらDJ-1 の酵素活性と疾患との関係性を明らかにし,新しい治療法への橋渡しになることを期待した.

2. 低分子探索

SPR によるスクリーニングよりいくつかのヒット候補化合物を選抜した.これらの化合物群のなかに,Isatin 骨格を有する化合物が有望なヒット候補として選抜された(図3B).

3. ヒットバリデーション(ITC)

ヒット候補化合物について,ITC 測定を行ったところ,Isatin がDJ-1 に対して発熱反応を有するエンタルピー駆動型(ΔH=- 11.6 kcal/mol,-TΔS= 4.1 kcal/mol,KD = 3.2 μM)の結合様式を示す化合物であることがわかった(図3C).-TΔSは,ΔG=ΔHTΔS式より,KDKA=1/KD より算出される.さらに示差走査型蛍光法DSF によるDJ-1
の熱安定性解析を行ったところ,Isatin はDJ-1 の熱安定性も向上させた.

図3 重篤疾患関連タンパク質DJ-1 阻害剤のヒット化合物
A)DJ-1 の立体構造(PDB ID 6AFH),B)ヒット化合物Isatin の化学構造,C)Isatin とDJ-1 野生型のITC プロファイル.B,C は文献6 より引用.

4. 構造解析

Isatin とDJ-1 との共結晶構造解析を行ったところ,Isatin が複数のアミノ酸側鎖と共有結合および非共有結合を形成してDJ-1 と相互作用しているユニークな複合体構造が得られた(図4A,B).この構造情報を基に変異体解析を行ったところ,溶液中でもIsatin は結晶構造と同様の結合サイトと相互作用していることが示唆された(図4C).

図4 DJ-1 とIsatin の相互作用
A)DJ-1 とIsatin の複合体構造(PDB ID 6AF9),B)DJ-1 とIsatin の相互作用様式,C)Isatin とDJ-1 変異型のITC プロファイル.B,C は文献6 より引用.

5. 化合物の最適化

この複合体構造情報をもとに,化合物の親和性向上を試みた.その結果,化合物#15 において,nM オーダーの結合親和性を示すことに成功した(図5).化合物#15 はエントロピーに貢献していた(ΔH=- 11.5 kcal/mol,-TΔS= 2.0 kcal/mol,KD = 0.1 μM).この化合物もDJ-1 に対する安定性を向上させた.この得られたヒット化合物について,Isatinとともに細胞内での阻害活性について検証を行った.その結果,Isatin と化合物#15 はいずれも,細胞内のグリオキサール活性を阻害することが明らかとなった.さらに興味深いことにこれらの化合物は,細胞ベースのサーマルシフトアッセイ(CETSA)によって細胞内のDJ-1 も有意に熱安定性を向上させることが示された.以上の結果は,ITC によるバリデーションにより特異性を創出するエンタルピー駆動の化合物を選抜できることを示すとともに,構造最適によって,その構造相補性の創出をエントロピーが貢献することを示している.このようなITC によるアプローチは,細胞内でも標的タンパク質に対して特異的に作用する化合物の選抜に有効である.

図5 DJ-1 と化合物#15 の相互作用
A)化合物#15 の化学構造,B)DJ-1 と化合物#15 の複合体構造(PDB ID 6AFI),C)化合物#15 とDJ-1 のITC プロファイル.A,C は文献6 をもとに作成.

おわりに

本項では,熱測定を活用した低分子医薬品の開発に関連した研究例を紹介した.低分子阻害剤の探索では,高い生物学的活性,阻害活性とともに,高い結合活性を指標にセレクションを行うことが一般的である.しかし標的分子と低分子薬剤との相互作用様式について不明瞭なまま進めることも多く,その結果,リード設計に至らない,構造最適化における構造活性相関が悪いといった問題が生じる場合がある.また近年,標的となる分子(主にタンパク質)は酵素や受容体にとどまらず,膜タンパク質や天然変性タンパク質など生化学的な扱いが困難な標的も少なくない.標的となっている分子の取り扱いは確実に難しくなっている.取り扱いが困難な標的分子になると,これまでの既存の薬剤探索アプローチやアッセイ系では通用しないことも多い.さらには,低分子阻害剤が酵素の基質ポケットのような明瞭な結合部位が存在するとは限らず,タンパク質- タンパク質間相互作用(PPI)や巨大タンパク質複合体の会合界面に作用しなければならないなど,その特殊性も増している.このような標的タンパク質に対して特異的に結合する化合物を選抜するためには,結合挙動を高感度に,かつ定量的に解析できる検出技術が必要不可欠である.以上のような多くの課題を抱えている分子標的創薬において,最も問われることは,標的分子に対する薬剤の高い結合親和性,特異性の創出である.そのためには,より精度の高い探索技術と解析技術が必要とされており,その1 つとして本項ではITC の有用性を解説した.本項では紹介しなかったが,筆者らが実践したその他の低分子阻害剤探索におけるITC の活用例として,マラリア感染やがん標的として近年注目されているセリン代謝酵素(SHMT)に対する低分子阻害剤スクリーニングより選抜された化合物2 種類が,それぞれエンタルピー駆動型とエントロピー駆動型のヒット化合物であることを明らかにしている7).ITC による熱的プロファイルは,ヒット化合物の特異性,さらには構造最適化における合理的な分子設計において有用な手法となりうる.

◆ 文献
1) Ohtaka H & Freire E:Prog Biophys Mol Biol, 88:193-208, 2005
2) Muzammil S, et al:J Virol, 81:5144-5154, 2007
3) Carbonell T & Freire E:Biochemistry, 44:11741-11748, 2005
4) Kawasaki Y, et al:Chem Pharm Bull (Tokyo), 62:77-83, 2014
5) Kobe A, et al:J Med Chem, 56:2155-2159, 2013
6) Tashiro S, et al:ACS Chem Biol, 13:2783-2793, 2018
7) Nonaka H, et al:Nat Commun, 10:876, 2019

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