NTA法を用いた蛍光ナノ粒子検出

本テクニカルノートでは、ナノ粒子トラッキング法(NTA)を用いた、粒子の散乱光から粒子径および粒子濃度を測定する方法、粒子から自然に発光される蛍光の検出方法、ならびに、蛍光標識および蛍光タグ付けの結果として発光される蛍光の検出方法をご紹介します。

はじめに

マルバーンのナノ粒子トラッキング法(NTA)を用いて、粒子の散乱光から粒子の動きや濃度を測定できます。 さらに、適切な実験を立案いただくことで、NTA法を用いて粒子から自然に発光される蛍光や、蛍光標識および蛍光タグ付けの結果として発光される蛍光を検出することも可能です。

本テクニカルノートではNTA法を用いた蛍光検出プロセスについて説明し、ご自身の研究で蛍光の活用をお望みの研究者の皆さまに考慮頂きたい事項をご紹介します。

研究の目的

複雑なバックグラウンドを伴う特定の粒子群を識別する場合には、蛍光標識が有効です。 蛍光標識が有用な例としては、薬物送達用ナノ粒子、細胞外小胞などの微小な生物学的粒子、およびウイルス粒子やウイルス様粒子などが挙げられます。 使用する標識の種類は、標識する粒子の種類や実験目的によって異なります。

負荷

薬物送達用ナノ粒子の場合、粒子の蛍光タグ付けや負荷が行え、また、ムチンなどの複雑な媒体内にあるナノ粒子を識別できます。 ムチン自体はきわめて複雑な構造を持ち、光散乱モードでは、ムチン内に大量の粒子が観察されるため、小型の薬物送達用ナノ粒子の観察や追跡が行えません。 粒子の蛍光タグ付けや負荷によって、特別に選定したフィルターを挿入して散乱光を排除し、蛍光標識した粒子からの長波長発光だけを画像化および測定することができます。

抗体標識

きわめて特異的な粒子標識が可能です。例えば抗体標識を用いて、混合試料に含まれる対象粒子の既知のマーカーを特異的に標的にします。 このタイプの標識は、エキソソームや微小胞などの生物学的微粒子の研究において特に有用です。

その他の標識

脂質、タンパク質、糖質に親和性を持つ染料を用いて、試料中のあらゆる脂質、タンパク質、糖質を標的にする際には、標識化があまり特異的でない場合があります。 時として染料は、脂質膜染料などとして対象分子に付着させた場合にのみ「有効化」することがあります。

NTA法を用いる際の適切な蛍光色素分子の選択

適切な蛍光色素分子の選択基準:

  • 蛍光色素分子の最大励起波長は、装置に装着したレーザー波長(励起源)に近接している必要があります。
  • 蛍光色素分子の最大発光波長は、装置に装着したフィルターのカットオフ波長ポイントよりも長い波長である必要があります(表1参照)。
  • ストークスシフト(蛍光色素分子の最大励起波長と最大発光波長の差)が大きい蛍光色素分子を利用することで、より良い結果が得られます。
  • 高輝度かつ光安定性がある蛍光発光
表1 利用可能なレーザ波長および標準フィルター。
利用可能なレーザ波長(nm)付属の標準フィルター(nm)
405(紫色)430 ロングパス
488(青色)500 ロングパス
532(緑色)565 ロングパス
642(赤色)650 ロングパス


光退色、および光退色問題の対処方法

光子誘起の化学損傷や共有結合修飾によって、蛍光色素分子が蛍光発光能力を恒久的に失った場合に光退色が起こります。 光退色は十分に特徴づけられていませんが、光退色によって蛍光発光強度が急激に低下し、それに続いて、NanoSightシステムの、試料を正確に分析する能力が低下することがあります。

同期ケーブルおよびシリンジポンプを用いることで試料分析中の退色問題を大幅に改善することができ、蛍光モードでの作業時における正確な粒子濃度測定および粒子径測定が可能になります。

高感度システムに装着した同期ケーブルを使用して、カメラのシャッタに同期してパルスレーザーを発生させることが可能になるため、光源への蛍光色素分子の暴露時間を制限でき、その結果、退色プロセスを遅延させることができます。

シリンジポンプを用いることで、蛍光色素分子の退色速度よりも速く、試料チャンバーに新鮮な試料を安定して供給できるようになるため、蛍光測定精度が大幅に向上します。 マルバーンでは、あらゆる蛍光測定にシリンジポンプのご利用を推奨しています。

表2 NanoSightで適切に使用された選択蛍光色素分子(上図)、および速い退色または弱い蛍光発光による不適切な蛍光色素分子(下図)を示します。
蛍光色素分子最大励起(nm)最大発光(nm)輝度(1~5)全体試料タイプ
Alexa 4884955195+++エキソソーム、微小胞
Spyro Red5506305+++汎用タンパク質染料
ローダミン-PE5605905+++脂質
EGFP488509
4+++エキソソーム、微小胞
DiO484
501
3++脂質
Alexa 5465565733++シリカ
Alexa 647650
668
3++エキソソーム、微小胞、ウイルス
FITC4905252+エキソソーム
蛍光色素分子最大励起(nm)最大発光(nm)輝度(1~5)全体試料タイプ
ICG7908001-Gd02 + ポリマー
DiR750/6507901-Gd02 + ポリマー
V4504044880-微小胞
Pacific Blue4014520-エキソソーム、リポソーム

標識の際の考慮事項

最適なシグナル対ノイズ比を得るには、試料粒子への蛍光標識濃度を変化させてください。

  • 直接的な標識ではなく、一次抗体および二次抗体を用いる場合には、一次抗体と二次抗体との比も変化させる必要があります。

蛍光標識を大量に投入しても、必ずしも良い結果が得られるとは限りません。

  • 自由溶液での非結合標識によって、バックグラウンド強度が高まり、標識粒子からのシグナルがかき消されるため、重大な問題が引き起こされます。
  • 場合によっては、過剰な蛍光標識が蛍光の消光につながる恐れがあります。

高濃度で粒子の標識を行った後、(分析の直前に)希釈することをお勧めします。

  • これにより、NTA法における最適な濃度範囲まで試料を希釈することができ、また、試料中に残留した非結合蛍光標識を希薄化することもできます。
  • また、蛍光色素分子と標的との相互作用の可能性(相互作用率)も高くなります。
  • 蛍光標識を施した試料は一晩保温してください。
  • フローサイトメトリーに有効な30分の染色手順が必ずしもNTA法にも有効とは限りません。

サンプルの準備

蛍光測定の実施前に、NTA法に最適な濃度まで試料を希釈してください。 10倍、100倍、1000倍、10,000倍といったように、お手持ち試料を逐次的に希釈調製するとことで最適な希釈倍数を得ることができます。 最初に、散乱モードで、最も希薄な試料をチャンバーに投入し、次いで、最適な分析濃度に達するまで、より高濃度の試料を徐々に投入することで、最適な希釈倍率を確認してください。

散乱モードでの測定用に最適な希釈率が決まれば、試料を蛍光モードで確認できます。 シグナルが一切検出されない場合は、蛍光粒子が目で確認できるようになるまで高濃度試料を注入し続けます。 散乱測定の際よりもはるかに高濃度で蛍光測定を実施する、といったことは珍しいことではありません。

蛍光測定の準備

試料分析の実施前:

  • LM10システムの場合は、同期ケーブルがカメラからレーザー(LM12ユニット)または制御ボックス(LM14ユニット)の背面に接続されていることを確認します。
  • ソフトウェアのCameraタブ(sCMOS triggerまたはEMCCD)で、適切なカメラ設定が選択されていることを確認します。

シリンジポンプを使用する場合には、シリンジポンプ制御を開いて、シリンジポンプを接続し、装置の推奨速度で試料を流します(表3)。 シリンジポンプを用いた測定はすべて、測定結果を比較できるよう、散乱モードと蛍光モードの双方において同じ流速で行ってください。

表3 各NanoSight装置でのシリンジポンプの推奨流速
レーザーモジュール上部プレート式推奨流速
LM10-T14(LM14)50~80
LM10(LM12)20~50
NS300「O」リング(金属製)50~80
NS300フローセル20~50
NS50020~50

手順:蛍光測定方法

1. 散乱モードで正確な位置を特定した後、蛍光フィルターを挿入します。

LM10装置の場合 顕微鏡の光学ヘッドの右側のシルバーレバーを差し込み、蛍光フィルターを取り付けます(画像1)。 フィルターは右側に取り付けます。 フィルターを2つ挿入する場合は、もう一つのフィルターは左側、顕微鏡の接眼レンズとカメラの切り替えレバーの下に取り付けます。 備考 フィルターが取り付けられていることを示す色付きドットがレバーの横に現れます。

画像1 LM10フィルター位置 蛍光フィルターは、顕微鏡光学ヘッド右側にはめ込みます(赤矢印を参照)。 色付きドットは、フィルターが取り付けられていることを示しています。 蛍光フィルターを挿入する際はシルバーレバーを押し込んでください。
MRK1989-01_Fig_1

NS300装置の場合 Hardware cameraメニュー項目から、ご利用のシステムに適切なフィルター位置を選びます(デフォルトはfilter 2)。

NS500装置の場合 まず、フィルターホルダーの蛍光フィルター位置を確認します。フィルター位置は、色付きドットで確認できます。 カチッと音がするまでフィルターホルダーを押したり引いたりして所定位置に設定します。動作方向は、ホルダー内のフィルター位置によって変わります(画像2)。

画像2 (上図)NS500フィルターホルダー。 色付きドットは、蛍光フィルター位置を示します。 (下図)位置1 透明ガラスフィルターを挿入する場合。光散乱モードでは、この位置にしてください。 (下図)位置2 蛍光フィルターを挿入する場合。蛍光モードでは、この位置にしてください。 上図に示すように蛍光フィルターが取り付けられていればフィルター位置は適切です。
MRK1989-01_Fig_2

2. すべての粒子が確認できるまでカメラレベルを上げます。通常は最大設定値まで上げてください。

3. 再度、焦点を合わせて粒子を確認します。

  • LM10装置の場合 微動焦点合わせを手動で時計回りに約1/4回転させます。
  • NS300およびNS500装置の場合 ソフトウェアで焦点を調整します。

4. カメラレベルを微調整します。画像のバックグラウンドよりも暗い蛍光試料で作業する場合は、Advanced Cameraグレースケールヒストグラム設定を調整して、バックグラウンドよりも粒子の輝度を高くする必要があります(画像3参照)。

画像3 グレースケールヒストグラム 最も輝度が低い粒子でも確認できるレベルに最小値を設定することで最適なしきい値範囲が得られます。グレーのカーソルを左マウスボタンで所定位置に移動させます(左側の青色矢印)。 最大値を最大粒子に飽和画素が含まれないレベルまで移動させます。右マウスボタンで、もう一方のグレーカーソルを最大位置まで移動させます(右側の赤色矢印)。
MRK1989-01_Fig_3

重要な対照試料

蛍光測定では、測定結果を誤って解釈する場合が少なくありません。 測定結果を不正確に解釈しないようにするため、利用する標識法に応じて複数の対照試料を分析する必要があります。 測定結果の最良な解釈が行えるようにするには、散乱モードおよび蛍光モードの双方で、すべての調製手順を確認する必要があります(表4参照)。

表4 直接標識した粒子(最上位)および間接的に標識した粒子(最下位)。 *水、PBS、媒体など**は、標識試料の場合と同じ最終濃度である必要があります。***Qdotを用いた場合、粒子に付着していなくとも、サイズ(約15nm~20nm)によって、光散乱モードおよび蛍光モードの双方で観察される可能性があります。 これらは試料粒子に比べて粒子径が小さいため(NTA法における検出下限)、追跡が容易ではありませんが、高輝度のバックグラウンドとして観察される場合があります。
試料散乱モード蛍光モード
試料希釈液*のみ必要に応じて、または可能であれば、粒子およびフィルターを確認個々の粒子、あるいは、水単独よりも輝度が高いバックグラウンドヘイズとして蛍光が見られるかどうかを確認
希釈液中の標識していない試料標識試料データとの比較用に粒子径および粒子濃度を確認試料が蛍光を発していないこと、および、(きわめて高輝度な粒子で起こり得る)フィルターからの散乱光の漏れがないことを確認
希釈液中の蛍光プローブ**必要に応じて、または可能であれば、大きな粒子/凝集体が確認されないこと、およびフィルターを確認ちらつくようなバックグラウンドヘイズとして蛍光が観察されるが、標識試料粒子と誤解される可能性のある大きな粒子が見られないことを確認
希釈液中の標識試料非標識試料のデータと標識試料の蛍光データとの比較用に粒子径および粒子濃度を確認散乱との比較用に粒子径および粒子濃度を確認
試料散乱モード蛍光モード
試料希釈液*のみ必要に応じて、または可能であれば、粒子およびフィルターを確認個々の粒子、あるいは、水単独よりも輝度が高いバックグラウンドヘイズとして蛍光が見られるかどうかを確認
希釈液中の標識していない試料標識試料データとの比較用に粒子径および粒子濃度を確認試料が蛍光を発していないこと、および、(きわめて高輝度な粒子で起こり得る)フィルターからの散乱光の漏れがないことを確認
希釈液中の一次抗体**必要に応じて、または可能であれば、大きな粒子/凝集体が確認されないこと、およびフィルターを確認蛍光が観察されないことの確認
希釈液中の二次抗体**必要に応じて、または可能であれば、大きな粒子/凝集体が確認されないこと、およびフィルターを確認ちらつくようなバックグラウンドヘイズとして蛍光が観察されるが、標識試料粒子***と誤解される可能性のある大きな粒子は存在していないことを確認
希釈液中の一次および二次Ab**必要に応じて、または可能であれば、大きな粒子/凝集体が確認されないこと、およびフィルターを確認ちらつくようなバックグラウンドヘイズとして蛍光が観察されるが、標識試料粒子***と誤解される可能性のある大きな粒子は存在していないことを確認
試料および一次Ab***粒子径および粒子濃度の確認(試料単独の場合と同じ粒径および粒子濃度である必要があります)蛍光が観察されないことの確認
希釈液中の標識試料非標識試料のデータと標識試料 の蛍光データとの比較用に粒子径および粒子濃度を確認散乱との比較用に粒子径および粒子濃度を確認

トラブルシューティング

蛍光信号が希釈液で確認された場合(この現象は、一部のレーザ波長において血清で観察されることがあります)、または蛍光の観察が予測されないその他の試料溶液において蛍光信号が確認された場合

  • 不要な蛍光発光を排除して、蛍光標識からの発光だけを許容するカスタムバンドパスフィルターを使用できる場合があります。
  • あるいは、調製試料で自己蛍光を発しない別のレーザ波長を使用して、適切な蛍光色素分子に変更します。

蛍光フィルターを挿入した場合に、蛍光プローブや二次抗体中に大きな粒子が観察される場合:

  • 標識を行う前に、20nmフィルターを用いて蛍光プローブ/抗体溶液をろ過します。

標識した調製試料で高い輝度の蛍光バックグラウンドが観察されるものの、標識粒子が全く観察されない場合

  • シグナル対ノイズ比が小さくなり、粒子が観察できるようになるまで、試料に対する蛍光プローブ濃度を変更します。標識がうまくいっていても、非結合蛍光色素分子の高輝度のバックグラウンドに対しては粒子が観察されない場合があります。

Summary

  • 研究対象の粒子に適した標識法を選択してください。
  • NTA法での使用に適した蛍光色素分子を選択してください。
    • 蛍光色素分子の励起特性および発光特性が、使用するNanoSight装置に適合していることがきわめて重要です。
    • 輝度が高く、光安定性のある蛍光色素分子が最適です。
  • 同期ケーブルおよびシリンジポンプを用いることで、蛍光色素分子の退色問題に対処できます。
  • 最良なシグナル対ノイズ比が得られるまで、標識手順を最適化してください。
    • 蛍光プローブ/抗体と試料との比を変えます。
    • 蛍光プローブを持つ試料は通常よりも長い時間保温してください。
    • 高濃度で試料の標識を行い、温置した後に希釈します。
  • 蛍光モードで分析を試みる前に、散乱モードでNTA法に最適な濃度まで試料を希釈してください。
    • 必要に応じて、蛍光分析用の試料濃度を上げてください。
  • 蛍光粒子をはっきりと確認できるようにするには、蛍光モードでのカメラレベルを上げ、焦点を調節してください。
  • シリンジポンプを用いる場合は、散乱測定および蛍光測定の双方を同じ流速で実行してください。
  • 必要なすべての対照試料が分析されていることを確認し、測定結果の誤った解釈を防ぐとともに、問題解決に役立ててください。

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